生成AIと著作権の基本関係

生成AI(Generative AI)の急速な普及に伴い、著作権をめぐる法的議論が世界中で活発化しています。2025年現在、企業がAIを業務利用する際には、「学習データの著作権」「生成物の著作権」「既存作品との類似性」という3つの観点から、法的リスクを理解する必要があります。

日本の著作権法第30条の4では、AI開発のための学習データ利用について「著作権者の利益を不当に害しない限り」認められていますが、この「不当に害する」の解釈が曖昧で、実務上のグレーゾーンが存在します。

3つの著作権リスク領域

  • 入力段階のリスク: 他者の著作物をプロンプトに含めて利用する行為
  • 学習段階のリスク: AIモデルの学習に使用されたデータの権利関係
  • 出力段階のリスク: 生成された成果物が既存作品に酷似している場合

2025年の最新判例動向

2024〜2025年にかけて、日本・米国・EUで重要な判例が相次いで出されました。企業のAI利用ポリシー策定に影響を与える主要判例を紹介します。

日本の動向

東京地裁 2024年9月判決(画像生成AI訴訟)

イラストレーターが、自身の作風に酷似した画像を生成AIで作成・販売した事業者を訴えた事案。裁判所は「特定のクリエイターの作風を模倣する意図で、そのクリエイター名をプロンプトに含めて生成した画像」について、著作権侵害の可能性を認めました。

企業への示唆: 特定のアーティスト名や作品名を指定したプロンプト利用は高リスク

文化庁ガイドライン改訂(2025年1月)

生成AIの利用に関する新ガイドラインでは、「生成物が既存著作物の本質的特徴を直接感得できる場合」は著作権侵害となることが明記されました。単なる「スタイルの類似」は侵害にならないものの、「具体的な表現の再現」は違法と判断されます。

米国の動向

Andersen v. Stability AI 訴訟(継続中)

画像生成AI「Stable Diffusion」の開発企業に対し、無断で学習データに使用されたとしてアーティスト集団が集団訴訟を提起。2024年12月の中間判決では、「学習自体は合法だが、生成物が原作に酷似している場合は侵害の可能性がある」との判断が示されました。

米国著作権局の方針(2024年3月)

「AIが生成したコンテンツ自体には著作権が認められない」という原則を再確認。ただし、「人間が実質的な創作的寄与をした部分」については著作権が発生するとの見解を示しました。

EUの動向

AI法(AI Act)施行(2024年8月)

EUでは世界初の包括的AI規制法が施行され、生成AIプロバイダーに対して「学習データに含まれる著作物のリスト公開義務」が課されました。透明性の確保が重視されています。

企業が注意すべき5つのリスク

最新の法的動向を踏まえ、企業が特に注意すべき著作権リスクを5つに整理しました。

リスク1:特定作品の模倣指示

NGな行為: 「〇〇(有名イラストレーター)風のキャラクターを描いて」「△△(映画タイトル)のポスターのような画像を作成」といったプロンプト。

対策: 具体的な作品名・クリエイター名を避け、「ポップな色使いのアニメ風キャラクター」など一般的な表現を使用。

リスク2:生成物の無検証利用

NGな行為: AIが生成した画像・文章を、既存作品との類似性を確認せずに商用利用。

対策: Google画像検索やCopyscape(文章の類似性チェックツール)で既存作品との重複を確認するプロセスを必須化。

リスク3:社内での無許諾複製

NGな行為: 「この資料(他社の著作物)の内容を要約して」とAIに依頼し、社内で共有。

対策: 公開情報(Webサイトのテキスト等)の要約は原則OK。非公開の第三者資料の入力は著作権者の許諾が必要。

リスク4:AIが生成した成果物の過度な権利主張

NGな行為: AIが99%生成した文章やイラストに対して「当社の著作物」と主張し、独占的権利を主張。

対策: 実質的な人間の創作的寄与がある部分のみ著作権を主張。AI利用の事実を明示することが誠実な対応。

リスク5:学習データの出所不明なツール利用

NGな行為: どのようなデータで学習されたか不明なAIツールを、企業の公式コンテンツ作成に使用。

対策: Adobe Firefly、Canvaなど、「商用利用ライセンスされたデータのみで学習」を明示しているツールを選択。

安全な利用ガイドライン

法的リスクを最小化しながら生成AIを活用するための、実務的なガイドラインを提示します。

プロンプト作成のルール

  • 禁止ワード設定: 有名アーティスト名、映画・小説のタイトルなど固有名詞の使用を原則禁止
  • 抽象的表現の推奨: 「温かみのある」「シンプルな」など、スタイルを抽象的に記述
  • 複数要素の組み合わせ: 単一の作品を模倣するのではなく、複数のコンセプトを組み合わせる

生成物のチェックフロー

  1. 類似性チェック(必須): Google画像検索、TinEye等で既存作品との類似を確認
  2. 人間による加工(推奨): 生成物に10%以上の人的修正を加えることで創作性を付加
  3. 利用記録の保管(必須): どのツールで、どのようなプロンプトで生成したかを記録
  4. 法務部門の承認(高リスク案件): 対外公開物は法務チェックを経る

ツール選定の基準

  • 学習データの透明性: 何を学習データに使用しているか公開されているか
  • 商用利用ライセンス: 生成物の商用利用が明示的に許可されているか
  • 補償制度: 著作権問題が発生した際の補償制度があるか(Adobe、Shutterstockなど)
  • 出力フィルター: 既存作品の複製を自動検知する機能があるか

社内規程のサンプル

企業が生成AI利用規程を策定する際の基本構成とサンプル条文を紹介します。

規程の基本構成

  1. 目的・適用範囲
  2. 利用可能なツールのリスト
  3. 禁止事項
  4. 生成物の権利帰属
  5. チェックフローと承認権限
  6. 違反時の対応
  7. 教育・研修

条文サンプル(禁止事項の例)

第〇条(禁止事項)
従業員は、生成AIの利用にあたり、以下の行為を行ってはならない。

  1. 特定の著名人、アーティスト、作品名を指定したプロンプトの使用
  2. 第三者の著作物を無断で入力データとして使用すること
  3. 生成物の類似性チェックを経ずに対外公開すること
  4. AI生成物をあたかも完全なオリジナル作品として表示すること
  5. 学習データの出所が不明なツールを業務で使用すること

条文サンプル(権利帰属の例)

第〇条(生成物の権利帰属)

  1. AIが生成したコンテンツ自体には、原則として著作権は発生しないものとする。
  2. 従業員が実質的な創作的寄与(構成の企画、大幅な修正・編集等)を行った場合、その寄与部分については当社に著作権が帰属する。
  3. AI生成物を対外的に提供する際は、「AI支援により作成」等の事実を明示することを原則とする。

教育プログラムの要点

  • 全社員向け基礎研修(年1回): 著作権の基本、生成AIのリスク、社内ルール
  • 実務者向け実践研修(四半期ごと): 最新判例の解説、チェックツールの使い方
  • eラーニング: いつでも視聴できる動画教材の整備
  • Q&A窓口: 法務部門または外部弁護士への相談窓口設置

業界別の注意点

業種によって、特に注意すべき著作権リスクが異なります。

出版・メディア業界

  • 記事の執筆補助にAIを使う場合、既存記事との類似性チェックが必須
  • 書籍の表紙・挿絵をAI生成する場合、人間のイラストレーターによる加工を推奨
  • 引用元の明示、ファクトチェックの徹底

広告・マーケティング業界

  • クライアントに納品する成果物は、類似性チェック+法務確認が必須
  • キャンペーンビジュアルは「商用利用保証」のあるツールのみ使用
  • 契約書に「AI利用の有無」「権利保証の範囲」を明記

ソフトウェア開発業界

  • GitHub Copilot等のコード生成AIは、OSSライセンス違反のリスクに注意
  • 生成されたコードが特定のOSSコードと一致していないか確認
  • 顧客への納品物に関しては、AIによるコード生成の事実を開示

今後の法規制の見通し

2025年以降、生成AIに関する法規制はさらに厳格化される見込みです。

日本での動き

  • AI基本法の制定検討: 2025年中に議員立法での提出が予想される
  • 著作権法の改正: 「AI学習の例外規定」の見直しが文化審議会で議論中
  • 業界自主規制の強化: 日本音楽著作権協会(JASRAC)等が独自ルール策定

国際的な動向

  • G7での共通枠組み: 2025年のサミットでAIガバナンスが主要議題に
  • WIPOでの条約検討: 世界知的所有権機関がAI著作権の国際ルール策定を開始
  • 二国間協定: 日米、日EU間でのAI規制の相互運用性確保の動き

企業が今すぐ取るべき対応

  1. 社内規程の整備(2025年上半期中を目標)
  2. 全従業員への教育実施(四半期に1回以上)
  3. リスク評価の実施(現在のAI利用実態の棚卸し)
  4. 顧問弁護士との連携体制構築
  5. 最新判例・ガイドラインの定期的なキャッチアップ

まとめ

生成AIの著作権問題は、技術の進化と法整備のスピード差により、依然として「グレーゾーン」が多く存在します。しかし、2024〜2025年の判例蓄積により、徐々に「やってはいけないこと」の輪郭が明確になってきました。

企業にとって重要なのは、「完全にリスクゼロ」を目指すのではなく、「合理的な注意を払っている」ことを証明できる体制を構築することです。社内規程の整備、チェックフローの確立、従業員教育の実施という3本柱により、法的リスクを管理可能なレベルに抑えることができます。

AIの活用は競争力強化に不可欠ですが、法令遵守は企業の社会的責任です。両者のバランスを取りながら、持続可能なAI活用体制を構築していきましょう。